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少林武術哲学   

 

一、

 

武の本質と意義について

 本来事柄には本質と意義の両面がある。本質とは根本の性質の事を云い、意義とは価値、理由、存在の意を云うのであるが「水は冷たく火は熱い」は其の本質であり、「火力発電、水力発電」として社会の為、公用善用される時は意義となるが如く、武の本質も「あくまで敵を殺傷することが目的」であるが「弋を止めて」武と書くが如く乱れを治め社会の平和の為に公用善用される時は意義となる。
武を志す者この本質と意義をよく理解して自己の鍛錬に励む事である。

 

二、

 

一眼二足三拍子について

 一眼とは、二足、三拍子とは、敵と相対した時の必勝三要素である。一眼とは天の方位、地の理、人の急所角度をしり方形によって行動することである。


二足とは攻めの一足、防の一足より成り立つ、攻めの一足とは我より彼に攻撃を仕掛ける場合一足にて絶対に一撃で制する事の出来る間合を現し、防の一足とは彼より攻撃された場合一足にて絶対傷つかない防御とり乍ら直ちに攻撃に転ずることの出来る最短の間(相手の間を破り自己の間)を修得することである。


三拍子とは速度、はづみ、残心の三つを云う。速度は敵を攻撃する場合、最大速度を以って攻撃せねばならない。(俗に云う目にも止らぬ速さ)
はづみとは速度にはづみをつけた場合、打撃効果が二倍、三倍の打撃効果を上げることが出来る。
残心とは敵を制圧した後といえども、気ゆるめず最後まで気を配ることである(世に云う七・三の心)残心を忘れる時は千盡の功を一瞬にして失い手痛い敗北を期しねばならない。

 

三、

 

平常心について

 人間平和な時は心の動きも常と変わらないが、いざ実戦また急変の時は常日頃の心は去り動転し呼吸は止り、手足が十二分の動きしか出来すものの役に立たぬようになり勝である。甚だしきは腰が抜け気を失い転倒する者もある。
武を志す者は常に日頃より実戦急変を予測し練習に練習を積み胆力を養い修得した技を遺憾なく発揮出来るよう、まず心構えを養わなければならない。
それには人間「一度生まれたら二度生まれない、また一度死んだら二度死なない」と覚悟を定めよく理を悟り相手に向かうことが大切であり、また急変に際し善処せねばならない。
大敵たりとも恐れず、小敵たりとも侮らず寸秒の怠惰をいましめ油断なく注意して事に当たることが大切である。

 

四、

 

少林拳二視法について

 少林拳を実戦に用いるとき、大切な事は相手の視方と云う事である。少林拳では相手の身体全般を見るのと相手の一部を見るとの二つの視方がある。
相手全体を見る時は相手の手足体の動きを見ることが出来る。一部分を見る時はその部分はよく見えるが全体の知ることが出来ない。
それ故に常に全体を見定め必要に従い一部を見、直ちに全体を見る視方に立ちむかう事が大切である。

 

五、

 

心、気、力の一致について

 どの武道でも又日本国技相撲に於いても心、気、力の一致を常に唱えている。それ程、心、気、力の一致は大切な事である。
心、気、力の一致とは相手の隙を見出した時、直ちにこれに乗ずる気勢をみなぎらせ時を移さす技を施し相手を制し終えるまで次から次と技を掛け其の機を察するは心の動きであり、その気を察して先を占めようとするのは気の動きであり技を施して相手を制するのは力の動きである。
即ち心に知覚し直ちに精神の活動となり身体、力となって現れ。すみやかに制圧し勝利を得ることを意味するのであって、この三者が一活動してこそ機に臨み変に応じて容易に敵を制圧出来るよう平素から工夫練習することである。

 

六、

 

先について

 先の先とは、相手が技を発しようとして未だ発しないところ(天地未だ別れず)即ち相手の気の動くところにその機先を制して自分から技を施し相手を制圧することである。

 先とは、相手が技を仕掛けて来てその技が未だ効を奏しない先に反対に自分から先に技を出して相手を制することである。

 後の先とは、相手が技を仕掛けて来たのを自分がこれをかわし、またはずし或いはこれを受け止めたりして相手の体の崩れた隙をつき反対に技を施し制するのである。

 

七、

 

極め

 極めとは相手を制圧した後、止めをさす意を云う。極めには二通りある。一つは一撃で制した瞬間、足蹴り等にて壇中、下脇腹を蹴上げ又蹴込み死命を制する技である。
二つには投げ等行った場合、残心して相手の戦闘意識を見定め、しかる後、手技、足技、器物にて死命を制する技である。
相手を制したと思いすぐ飛込み返ってそれが為、反撃をされるので注意することである。

 

八、

 

発声

 
 発声とは鋭い気合の事を云うのであって、ヤァー、トゥー、オー等の単声があり、又二つ以上の技を続けて掛ける時はトリャー、オリャー等の連声があるが、相手の虚に入り大声にて気合を発する時は、相手は不意をつかれ虚脱無抵抗の状態になり、この瞬間に技を掛ければ相手を制することが出来るのである。
又、掛け声は自分にも勇気を増し反対に相手を威圧してその動きを封じることが出来る。それ故、掛け声を巧みに用いれば有効な制圧法となるので常に掛け声の出るよう練習すべきである。

 

九、

 

間風について

 
 この間風については我らが常に体験するのである。例えば先方から来る人物に対し異株独特の感を受けることがある。
又乱捕り、実戦等にて相手と戦う前に於いて、強気になったり弱きになったりするものである。それは両者にお互いに修練を重ねた一つの霊と言うものがある。
即ち修練された魄の相違と見ることだ出来る。
東洋では人間の霊には魂と魄の二つより成り立ってると見るが、人間の霊感とかインスピレーション等、皆魄の動きがある。
この魄の動きの強い者には目に見えずとも聞こえなくても相手の動きが手に取るように間風となって自己に知らせ察知出来るのである。
昔の名人、達人は皆この間風により己を保護し戦う以前に於いて相手を制したのである。私はこれを間風と呼ぶ。

 

十、

 

生線、死線について

 生線、死線とは敵と相対した場合、我から見ての事を云う。生線とは我が生きる事であり先によく用いられる線である。
また死線とは我から、見て相手の単、連の動作を制圧出来る線である。後の先によく用いられる。
生線死線を修得するには千鳥、横転進、直進等の遠間より近間に移る瞬間を運歩法にて体得すべきである。

 

十一、

 

寸間接合について

 
 少林拳でいう寸間接合とは相手の突出す拳、蹴る足の攻撃部分の処置法また同時突蹴りの一瞬の急所の軽重を知る事にある。
例えば突出す正拳の攻撃部(大拳頭)が恐ろしいのであって、それを平刀にて最小限の動きにより右なり左に払へば十分である。最小限に払うという事は、払った手にて反撃をせねばならないからである。
また同時の合打覚悟の時は相手にとって死命を制する急所を攻め、我は軽度の傷ですむように働きかけねばならない。俗に云う「皮を斬らして肉を斬り、肉を斬らして骨を斬り、骨を斬らして命を断つ」の諺をよく理解して恐れず捨て身で当たるべきである。 

 

二代宗家森實芳著、全日本少林拳武徳会師範教本より抜粋